さよなら2025年
「毎月決まった日、振り込まれてくるサラリーのように
平和はもう僕らの前に、当たり前に存在はしてくれないけど」
2002年1月1日に発売されたミスチルの曲、「さよなら2001年」のワンフレーズです。
師走を迎え、2025年の振り返ろうと思い、今年の出来事を並べていたら、このフレーズが浮かんできました。
2025年の出来事と言えば、トランプ大統領就任、トランプ関税、コメ不足、物価高、クマ騒動、高市総理誕生、終わらないウクライナ・ガザ。
個人的には、10歳になった愛犬ハルの手術、近しい人の入院・手術等。
今年は、11月初旬頃に軽い風邪をひき、その後、1か月以上、喉の調子が悪い状態が続きました。咳がとまらず、12月には肋骨を手で押さえないと話や呼吸をするのもしんどい状態になりました。
遠い世界も、身近な世界も、「平和じゃない」と感じて、冒頭のフレーズが浮かんだのだと思います。
12月終わりが近づき、やっと喉の調子が回復しつつある朝、ハルと散歩をしていたときに、久しぶりに思いっきり外の冷たい空気を吸って、吐きました。肋骨に痛みがなく、気持ち良く深呼吸することができました。横でハルは笑顔でした。

忘れていた呼吸をすることの気持ちよさを感じました。
悪い状態が続くことで、それまで当然すぎて忘れていた大切なことを思い出すことができます。
2025年も、悪くなかった、と思いました。
さよなら2026年
来年こそは、きっと世界に、あなたにたくさんのいいことがありますように。